人と精霊が共生する壮大な世界を描くNHK総合の放送90年大河ファンタジー「精霊の守り人」(シーズン1、全4回)の最大の見どころは、原作の上橋菜穂子氏が生み出した壮大なスケールの世界観と、短槍の使い手である主人公のバルサ(綾瀬はるか)と彼女に襲い掛かる敵たちとの圧巻のアクションシーンにある。

そのアクション指導を担当するのが、映画「クローズZERO」シリーズ、「新宿スワン」などで、格闘シーンを手掛けてきた辻井啓伺氏だ。
「プロのスタントマンをもひるませる天性の才能がある」と絶賛する綾瀬はるかのアクションは、どのようにして生み出されたのか。
その舞台裏を聞いた。

――第1話では、綾瀬はるかさんのアクションシーンに圧倒されました。

綾瀬(はるか)さんは身体も柔らかいですし、何より本能的な部分があります。
立ち回りにはリズムなどいろんな要素がありますが、一番大事なのは緊迫感です。
格闘技をやっている人なら分かるかもしれませんが、相手が来るなという感覚で体を動かすような感じです。
綾瀬さんには、プロのスタントマンをもひるませるほど、間に入ってくるタイミングなど天性の感覚がありました。
それだけは教えられない才能です。
当然、武器を持ってのアクションなので、約束通りに正確に動かないといけないのですが、それができて、なお「ヤバい」と感じさせる迫ったものがある。
ギリギリのところを求める立ち回りでも、それが自然と要所ににじみ出ていました。




――バルサという役柄にはどのようなことを求めたのですか。

バルサは守る者のためなら自分の命も投げ捨てる最強の用心棒という役柄です。
常に冷静に立ち回る達人としてのたたずまいが必要ですし、歩いているだけでも隙がないような最強のバルサに仕上げることを目指しました。
綾瀬さんとは、過去の作品で何度かご一緒したことはありましたが、天然の明るさがある女性らしい性格の方なので、正直に言えば、最初はバルサを演じるなんて大丈夫かなと思っていました(笑)。
彼女はアクションの経験はほとんどないですし、もちろん槍を使ったアクションも初めてです。
撮影の3カ月くらい前から本格的な体づくりを始めました。
練習では「えへへ」と笑顔を見せることもありましたが、やはり本番になると違う。
狩人との格闘シーンを撮影した九州ロケがクランクインでしたが、そこで彼女もバルサという役を感じ取れたのだと思います。

――綾瀬さんのすごさを最も感じたのは、どんな場面でしたか。

実はロケでは天候に恵まれず、すべてが撮り切れない可能性もありました。
初日から綾瀬さんも、記憶がないんじゃないかというくらいにフラフラで、2日目には足場が悪い現場で、足を滑らせてひっくり返ってしまうこともありました。
アクションシーンは代役を立てて、吹き替えようかという話も出たのですが、綾瀬さんが「私が絶対にやります!諦めちゃダメ」と言って、逆に現場を引っ張ってくれたんですよ。
それで本当にいいシーンが撮れました。
こういう一面もあったのかと僕も驚きました。
やはり主役なんですね。
最終的には、今までに誰も見たことがない、格好いい綾瀬はるかになっていました。
役者の力はすごいと、あらためて実感しました。

――バルサの武器は短槍です。あまり見慣れない武器ですが、どのようにアクションを作り上げていったのですか。

綾瀬さんの短槍は長さ155センチで、約1キログラムの重さです。
通常、殺陣で使われる日本刀は0.8キログラムほどなので、やや重いですし、至近距離の撮影で使う短槍はもう少し重たいものでした。
最初は短槍と聞いて、扱いづらいなと思ったのですが、使っていくうちにこれはいい武器だなと感じました。
通常の槍は長さを利用した武器ですが、わざわざ短くなっている意味も考えて、突くだけでなく、斬る要素も取り入れました。
刃の形や長さだけでなく、柄や形状にもこだわりました。
肝心の立ち回りでは、実はバルサの育ての親で、短槍の達人・ジグロ役の吉川晃司さんからも「和洋どちらでいくのか、それとも中国風なのか」と撮影の前に聞かれたのですが、「精霊の守り人」は独特の世界観なので、日本の時代劇でもなく全ての要素を織り交ぜて新しいものを試行錯誤しながら作り上げました。
結果的に、通常の槍だと、敵との距離が出来てしまうので、引きで撮らなければならず、カメラの収まりが悪くなってしまうこともありますが、今回は大きく構えたり、短く持ったりすることもできて、本当に面白いカットが撮影できました。

――辻井さんイチオシのアクションシーンを教えてください。

何といっても、第1話の狩人との戦いですね。
その後の展開に続く、バルサやジン(松田悟志)たちの確執が生まれることになる本気の格闘シーンです。
バルサの短槍だけでなく、狩人たちの剣も日本刀のような片刃ではなく、諸刃の片手剣なので、アクションはいろいろと試行錯誤しました。
また、回想シーンでバルサとジグロが組み合うシーンも圧巻です。
ジグロ役の吉川さんは常に本気なので、払われたバルサの槍が飛んで行って、折れてしまうこともありました。
普通はある程度慣れてくると、お芝居でごまかしたりするものなのですが、そうじゃない。
本気で攻撃する吉川さん、それを受ける綾瀬さんのバチバチ感が互いにあふれていました。
あのジグロがいたからこそ、このバルサが生まれたのだと映像を見て分かるはずです。

――ドラマは3年間にわたって撮影が続き、様々な国の人物が登場します。

今後も様々な人物が登場します。
本当に登場人物が多いですし、いろんな国ごとに格好も武器も異なるので、彼らと戦うにはどうしたらいいのか練り上げています。
でも、今までの日本のドラマにはなかった世界観で、どのキャラクターも個性が際立っており、違う武器同士が闘うのでかなり見ごたえのあるものになると思います。
生みの苦しみはありますが、その分、アクション指導として本当に楽しいですね。
今後は、立ち回りもかなり増えますし、僕らが綾瀬さんたちに求めることも、もっと上がっていきます。
シーズン2の稽古が始まったところですが、綾瀬さんは、「もう腕の部分が柔らかくなっちゃった」と笑っていましたが、逆にシーズン1を撮り終え、力が抜けていい感じになっていくのではと思っています。
もう立派なアクション女優です。

取材・文:中野龍